岩手大学農学部は、我が国初の官立高等農林学校として、1902年に設立された盛岡高等農林学校を前身とする国内でも有数の歴史と伝統を持つ学部です。農学部のこれまでの歴史を紐解くと、盛岡でビタミン(オリザニン)研究を始めた鈴木梅太郎博士、「ヤマセ」と冷害との関係を提示した関 豊太郎博士、植物が作り出す鉄溶解物質「ムギネ酸」を発見した高城成一博士といった錚々たる教授が教鞭をとり、国内外に誇る研究業績を挙げ、また多くの優れた人材を輩出してきました。例えば、冷害の苦難とその克服を描いた「グスコーブドリの伝記」を著した宮澤賢治は関 豊太郎教授に学んだ卒業生の一人です。およそ1万年前の人類による農耕の開始により地球上の人口の劇的な増加が始まり、2022年に80億人を突破した世界人口は、国連によると2050年には97億人に達するとされています。このような人類史と近未来予測は、我々の直面する重要課題の一つが、人類の生存を保証する食料の生産と分配であり、農学がその最前線に立たなければならないことを明確に指し示しています。農学部は、2016年度に教育体制を刷新し、植物生命科学科、応用生物化学科、森林科学科、農村地域デザイン学コース、食産業システム学コース、水産システム学コースからなる食料生産環境学科、動物科学科、共同獣医学科の6学科3コースを整えました。新しい農学部の教育体制では、分子・細胞レベルから個体・生態系、物質の循環、農林水畜産物の生産・加工・流通や分配、生物生産環境の整備と保全、動物の診断と治療、さらには、地域社会における人間の活動といった多岐にわたる教育と研究を行い、持続的で平和な人類社会の発展に貢献しようとしています。宮澤賢治はその著作「農民芸術概論綱要」の中で、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と語りました。これは国連が掲げるSDGsの理念「No one will be left behind – 地球上の誰一人として取り残さない」にも結びつく概念で、未来を先取りするものでした。新しい農学を創造しようとする若者が岩手に集い、豊かに学び、世界に飛翔することを願ってやみません。
岩手大学 農学部長 伊藤菊一 教授