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研究室紹介

造林学研究室(森林科学科)

 森林と一言でいっても,原生的な森林だけでなく,人々がむかしから薪炭用に利用してきた雑木林もあれば,木材生産のためのカラマツ林や漆液採取のためにウルシ林が造成されたり,あるいは海岸林や防風林のように災害を軽減する目的で造成されたりする森林もあります。森林からの恩恵を享受しつづけるためにどのように森づくりをしてゆくのか,森林の姿や木々の営みを生態学的に理解するだけでなく,ときには森林の利用史を踏まえながら社会とのかかわりの中で研究を行っています。

キーワード:多種共存,海岸林,生態系サービス(養蜂業),ヒバ林,ウルシ,植物の性比配分,飛砂害史など

授業は森林造成学,森林造成学実習,樹木学,樹木学実習,森林保護学を受け持ちます。森林造成学では,とくに海岸林に関して1時限分をとり,海岸林造成の歴史や造成・管理上の問題点などを説明します。


 

所属教員
真坂 一彦    
キーワード
フィールド科学    林業    森林    環境    生態    

研究内容

◆当研究室で取り組んでいるおもな研究テーマ

(主な調査地やこれまでの研究を紹介します)

 

1.天然林の動態と多樹種の共存関係の解明

①天然生カシワ海岸林試験地(北海道石狩市)

②大滝沢試験地(岩手大学御明神演習林)

③天然生ヒバ林試験地(北海道江差町)

 

2.海岸林の造成と管理方法の提案

①堀川試験地(秋田県秋田市)

②海岸林の密度管理

③海岸林の個体群動態モデル

④不成績要因の解明

⑤津波被害軽減

 

3.いわての漆産業の発展に資する生漆生産技術の高度化

①ウルシの種子生産に対するセイヨウミツバチの貢献(岩手県二戸市)

②ウルシ林の林分成長モデルの構築(岩手県二戸市・一戸町)

 

4.ヒバ天然林施業

・大畑ヒバ施業試験地(青森県むつ市)

 

5.三陸ツバキの生態と植栽技術の改善

①植栽地における不成績要因の解明(岩手県大船渡市)

②ヤブツバキの生態(岩手県大船渡市)

 

6.「森-ミツバチ-食のつながり」の実証

①蜂蜜の里の森づくり(北海道乙部町)

②蜂蜜生産量の年変動パターン

 

7.樹木の多様な性表現の統一的な理解

 

8.平庭高原における白樺林の再生

 

9.早池峰山アイオン沢の南限アカエゾマツ林の動態の解明

 

10.飛砂害史の考証

①北海道江差町柳崎

②秋田県由利海岸

 

11.その他

①ゴマダラカミキリによる白樺防風林の衰退(北海道空知地方)

②外来種ニセアカシア

③造成困難地

④炭焼沢試験地(御明神演習林)

⑤スギ-ヒバ複層林(御明神演習林)

⑥山火事後の森林再生

 

 

写真0-1.令和元年度の造林学研究室のメンバー.秋田からの帰路,刺巻湿原ミズバショウ群生地にて(2019年4月19日).

 

写真0-2.令和2年度の造林学研究室のメンバー.残念ながら全員一緒の調査はなかったです.

 

写真0-3.令和3年度の造林学研究室のメンバー.早池峰山の登山口にて.

 

     masaka_kazuhiko_lab

 

◆研究内容

 

1.天然林の動態と多樹種の共存関係の解明

 

森林は様々な樹種で構成されています。森林のなかを見わたすと,稚幼樹がたくさんあるのにもかかわらず林冠木が少ない樹種もあれば,稚幼樹がほとんどないのにもかかわらず林冠を優占している樹種もあります。また出現数は少ないものの,ほぼどこでも見られるような樹種もあります。これらの樹種は,どのような共存関係にあるのでしょうか。そもそも共存しているのでしょうか。当研究室では,長期にわたって林木の成長と生残枯死,新規加入を追跡調査することで,森林の姿を動的に捉える研究を行っています。以下は,調査地の例です。

 

①天然生カシワ海岸林試験地(北海道石狩市):このカシワ林は日本でもっとも広い面積を誇る天然生の海岸林です(写真1-1)。このカシワ林は,300年より若い砂丘地に20世紀初頭に成立したようです。林分の外観はカシワが目立ちますが,細いエゾイタヤが多数混交しており,むしろカシワ-エゾイタヤ林と呼ぶべきかもしれません。海側の林縁部ではカシワが枯死する一方,エゾイタヤの優占度が増しています。カシワは陽樹なので,いずれ耐陰性が高いエゾイタヤに置き換わっていくのではないかと予想しています。2021年度が設定から20年目にあたります。天然生カシワ海岸林の試験地は,カシワの分布北限域にあたる天塩町にも設定しています。

【関連論文等】

  1. 浅井達弘・真坂一彦 (1998) 北海道北部の天然生カシワ海岸林の現存量および純生産量. 北海道林業試験場研究報告35: 11-19.
  2. 真坂一彦・佐藤 創・明石信廣・浅井達弘 (2004) 北海道北部におけるカシワ海岸林の動態. 日本生態学会誌54: 1-9.

 

②大滝沢試験地(岩手大学御明神演習林):4haの面積があるこの試験地は元岩手大学の杉田久志さんによって1991年に設定され,環境省による準コアサイトに指定されています。この試験地にはヒバとブナをはじめ,トチノキやスギの巨木が林立します(写真1-2)。2015年の豪雨災害により林内の各所で斜面崩壊が発生し,サワグルミが更新してきました(写真1-3)。この森林は将来,どのような姿になるのでしょうか。2021年度,森林総研東北支所と共同でサワグルミの生残・成長に関する調査を実施する予定です(お手伝いです)。

 

③天然生ヒバ林試験地(北海道江差町):北海道の渡島半島には,松川恭佐の指導によってつくられた江差ヒバ施業実験地があります。その実験林の斜面上部にある遺伝子資源保存林内に,1992年に試験地を設定しました(写真1-3)。この試験地までは,現在,林道が途中で土砂崩れによって寸断されて閉鎖中のため,上ノ国ダム横の施錠されたゲートから約6kmの道程を2時間かけて歩かねばなりません。試験地では2019年までの調査期間中,ヒバ稚幼木のほとんどと広葉樹2~3種が姿を消しました。なお,この試験地の近くには八幡太郎という名を代々襲名するヒグマが棲むといい(性別問わず),林道から試験地まで登るつづら折りの道の途中にはいつも同じ場所に糞が落ちています。

【関連論文等】

  1. 真坂一彦 (2006) 松浦武四郎が見た檜山のヒバ.Oshimanography 13:15-23.
  2. 真坂一彦・内海洋太 (2000) 北海道渡島半島におけるヒノキアスナロ天然林の林分構造と樹種の共存関係. 日本林学会誌 82: 373-379.

 

写真1-1.冬のカシワ林内の様子.雪が融けると砂丘列のあいだにエフェメラル・ポンドが出現する(2003年1月29日).

 

写真1-2.この試験地までの途中,大昔の炭焼窯跡がみられる(2018年10月4日).

 

写真1-3.デブリ上に更新したサワグルミ(2020年10月7日).

 

写真1-4.北海道でまとまったヒバ天然林はここだけ.傾斜はきついがササがないので歩きやすい(2019年4月28日).

 

 

2.海岸林をはじめとする環境林の造成と管理方法の提案

 

日本では中世以降,製塩や戦乱,たたら製鉄にともなう鉄穴流しなどによる海浜の荒廃で,とくに冬季に強い季節風が吹き寄せる日本海側を中心に大砂丘が各地に発達しました。今見られるクロマツ海岸林の多くは,砂丘からの飛砂害を防ぐために造成されたものです。また,北海道にはカシワ海岸林も造成されていますし,道東・道北地域には,ヤマセと呼ばれる海霧を防ぐための防霧林としてグイマツも植えられました。これらの飛砂防備や防霧機能に加え,3.11以降は津波減災機能も大きく注目されるようになりました。海岸林のほとんどは10,000本/haという超高密度で植栽されます(林業用針葉樹はおもに2,500~3,000本/ha植栽)。しかし,制度的,予算的,心理的な要因が重なり,手入れ不足となっているところが多いのが現状です。海岸林の減災機能を発揮するための密度管理が求められています。以下は,調査地の例です。

 

①堀川試験地(秋田県秋田市):堀川試験地(秋田県秋田市):秋田県林業研究研修センターが,松枯れ被害地に天然更新したロマツ林に設定した密度試験地(写真2-1)で,共同研究をさせてもらっています。この試験地では,個体の樹高成長-直径成長間についての配分比に対する密度効果や,林分葉量と林分成長についての調査等を行っています(写真2-2,2-3)

 

②海岸林の密度管理:海岸林造成では林業での人工林造成と異なり,10,000本/haという超高密度で植栽されます。最近では5,000本/ha植栽も見られるようになりましたが,それでも多いことに変わりません。残念ながら,造成された海岸林は手入れが行き届かず過密林化してしまうことがほとんどです。過密林化した人工林は気象害に対して脆弱になるのは言うまでもありません。手入れが行き届かない理由はいくつかあるでしょうが,その最も根源的な理由として人工林の密度管理に必要な林分密度管理図が作成されていないことがあげられます。また,間伐試験による間伐効果の検証もほとんど行われていないため,どの程度の伐採率でどの程度の間伐効果があるのかといった基本的なことすら分かっていません。つまり,造林学的な研究がきわめて不足している状況です。写真2-4は,北海道浜中町に設定した試験地での調査の様子です。この試験地は2015年に間伐を実施し,その際,1伐2残の列状間伐のほか,交互に抜く千鳥状間伐を行い,幹の肥大成長だけでなく間伐によってできた林冠ギャップの閉鎖状況について調査を行っています。2020年夏の調査は,齋藤健人さん(令和2年度卒)の卒業研究として行いました。調査の結果,列状間伐と千鳥状間伐では幹の肥大成長に大きな違いがないものの,林冠ギャップは,列状間伐では閉鎖していないことが明らかになりました。間伐試験地は,江差町(クロマツ),登別市(クロマツ)や函館市恵山(クロマツ),羽幌町天売(グイマツ,エゾイタヤ)などにもあります。この研究は道総研林業試験場との共同研究になります。

【関連論文等】

  1. 真坂一彦・佐藤 創・福地 稔・鳥田宏行・阿部友幸・岩﨑健太・佐藤弘和 (2019) 北海道におけるグイマツ海岸林の密度管理方法.海岸林学会誌18(2): 29-34.
  2. 真坂一彦・福地 稔・佐藤 創・鳥田宏行・阿部友幸・岩﨑健太 (2017) 除間伐試験に基づいた北海道におけるクロマツ海岸林の密度管理方法.海岸林学会誌16(1): 1-6.
  3.  真坂一彦 (2017) 北海道における海岸林の密度管理についての諸問題.北方林業68: 97-101.
  4. 真坂一彦・佐藤 創・鳥田宏行・阿部友幸・岩﨑健太・今 博計・明石信廣 (2015) 高密度植栽されたカシワ海岸林に対する除伐の効果─釧路市音別町における事例─.海岸林学会誌14 (2): 35-40.
  5. Masaka K, Sato H, Torita H, Kon H, Fukuchi M (2013) Thinning effect on height and radial growth of Pinus thunbergii Parlat. trees with special reference to trunk slenderness in a matured coastal forest in Hokkaido, Japan. Journal of Forest Research 18: 475-481
  6. 真坂一彦・佐藤 創・鳥田宏行・今 博計・明石信廣 (2009) 高密度植栽されたエゾイタヤ,グイマツ,カシワの各保安林の密度管理方法に関する基礎的研究. 北海道林業試験場研究報告46: 85-116.

 

③海岸林の個体群動態モデル:北海道におけるクロマツ海岸林やグイマツ海岸林の多点データおよび動態データを使って,海岸林の個体群動態モデルの構築を目指して研究しています。調査地は全道の海岸線一円に散らばります。海岸林造成による減災機能を評価するためには,気象害や津波への抵抗性だけでなく,林分動態のシミュレーションも必要になります。この研究は道総研林業試験場との共同研究になります。協力が得られれば,東北各県の海岸林を対象とすることも可能です。

 

④不成績要因:「青菜に塩」という言葉があるように,海浜は強い潮風のため植物の生育にとって極めて厳しい環境です。そのため植栽した苗木がうまく育たない場合,潮風に原因を求めがちです。しかしながら不成績要因は潮風でない場合も少なくありません。たとえば滞水・過湿土壌は局所的な枯死をもたらします(写真2-5)。滞水・過湿害については,宮城県岩沼市の海岸防災林再生地において,宮脇直哉さん(令和3年度卒)の卒業研究として取り組み,明渠が機能していないこと,除草のためのチップマルチが被害を助長していることなどが明らかになりました(写真2-6)。不成績要因はほかに,冬が寒冷寡雪の地域では土壌凍結による冬季乾燥害が広域に発生します(写真2-7)。また,海岸侵食によって砂浜が削り取られると高潮害を受けるようになります(写真2-8)。不成績要因を明らかにして適切な対処をしない限り,補植しても同じ轍を踏むことになります。

【関連論文等】

  1. Iwasaki K, Tamura M, Sato H, Masaka K, Oka D, Yamakawa Y, Kosugi K (2020) Application of ground-penetrating radar and a combined penetrometer-moisture probe for evaluating spatial distribution of soil moisture and soil hardness in coastal and inland windbreaks. Geosciences 10(6) 1-15
  2. 岩﨑健太・佐藤 創・真坂一彦・鳥田宏行・山川陽祐・小杉賢一朗 (2016) 土壌水分計付貫入計を用いた海岸林の植栽基盤の評価-北海道長万部町の事例-.海岸林学会誌15(2): 37-41.
  3. 真坂一彦・阿部友幸・鳥田宏行・岩﨑健太 (2015) 北海道胆振・日高沿岸部において2013年春に発生したクロマツ樹冠赤変の発生状況とその原因.海岸林学会誌14(1): 1-6.
  4. 真坂一彦 (2015) 海岸侵食による海岸林の被災. 光珠内季報176: 1-4.
  5. 真坂一彦・佐藤 創・鳥田宏行・今 博計・福地 稔 (2011) クロマツ植栽苗の防風柵による寒干害の助長効果.北海道林業試験場研究報告48: 55-63.
  6. Masaka K, Torita H, Sato H, Kon H, Sato H, and Fukuchi M (2010) Decline of Pinus thunbergii Parlat. stands due to excess soil moisture derived by buried andosol layer at coastal sand site in Hokkaido, northern Japan. Journal of Forest Research 15: 341-346.
  7. Masaka K, Sato H, Kon H, and Torita H (2010) Mortality of planted Pinus thunbergii Parlat. saplings subject to coldness during winter and soil types in region of seasonal soil frost. Journal of Forest Research 15: 374-383.

 

⑤津波被害軽減:日本の海岸林の多くは飛砂防備のために造成されてきました。砂防林とも呼ばれる所以です。また北海道東部や北部の海浜には「やませ」と呼ばれる海霧を防ぐために防霧林も造成されています。2011年3月11日の東日本大震災による津波被害の後,津波被害軽減機能がにわかに注目されるようになりました(津波被害軽減機能は明治29年の三陸大津波にすでに認められています)(写真2-8)。しかし海岸林の津波軽減機能についての定量的な知見はまだまだ十分ではありません。海岸林の成長にともなう樹形の変化と併せて評価する研究が望まれます。この研究は道総研林業試験場との共同研究になります。

【関連論文等】

  1. Torita H, Masaka K, Tanaka N, Iwasaki K, Hasui S, Hayamizu M, Nakata Y (2020) Assessment of the effect of thinning on the resistance of Pinus thunbergii Parlat. trees in mature coastal forests to tsunami fluid forces. Journal of Environmental Management 284: 111969 – 111969
  2. Torita H, Tanaka N, Masaka K, Iwasaki K (2018) Effects of forest management on resistance against tsunamis in coastal forests. Ocean Engineering 169: 379-387.
  3. 鳥田宏行・佐藤 創・真坂一彦・阿部友幸・野口宏典・坂本知己・木村公樹 (2014) 簡易モデルを用いた津波に対する立木の抵抗性の評価. 日本森林学会誌96: 206-211
  4. 野口宏典・佐藤 創・鳥田宏行・真坂一彦・阿部友幸・木村公樹・坂本知己 (2012) 2011年東北地方太平洋沖地震津波によるクロマツ海岸林被害の数値シミュレーションを用いた検討―青森県三沢市の事例―. 海岸林学会誌11:47-51.
  5. 佐藤 創・鳥田宏行・真坂一彦・阿部友幸・野口宏典・木村公樹・坂本知己 (2012) 東北太平洋沖地震津波によるクロマツ海岸林被害に及ぼす林分構造の影響-青森県三沢市の例-. 海岸林学会誌11:41-45.

 

写真2-1.秋田のクロマツ海岸林への日帰り視察旅行(2019年4月19日).

 

写真2-2.堀川試験地にて秋田県林業研究研修センターの方々と現存量調査のための葉むしり作業(10000本区;2020年9月28日).

 

写真2-3.堀川試験地にてリター・フォール量の調査(2020年11月26日).リター・フォール量の測定は林分成長を評価するための基本調査の一つ.

 

写真2-4.道総研林試の研究者と北海道浜中町でのグイマツ海岸林調査(2020年8月18日).この調査地のデータは齋藤健人さんの卒業研究(令和2年度)として取りまとめました.

 

写真2-5.北海道長万部町旭浜の不成績造林地に生育するクロマツ(2006年5月27日).地表下にある難透水性の火山灰層によって過湿化したと考えられる.枯れ下がり,枝は横方向へ這うように伸びている.衰退が激しいクロマツほど針葉長が短い.

 

写真2-6.宮城県岩沼市の海岸防災林再生地(岩沼地区20工区)の滞水状況(2021年3月16日).高い地下水位対策のために山砂と呼ばれる砂で盛土した造成地.山砂は自然に締め固まって滞水環境を生みやすい性質であるうえ,写真の造成地では明渠に排水口がない.

 

写真2-7.北海道浦河町東栄の造成地における冬季乾燥害(2007年4月5日).前年に植栽されたクロマツの葉が赤変している.冬季間に土壌が凍結したなかで気温が高くなり光合成を始めると,根から吸水できないため脱水し,枯死にいたる.

 

写真2-8 .北海道むかわ町晴海における海岸侵食(2006年10月8日).防風柵は高さ1.8mで,そのため造成地内に厚く海砂が堆積していることが分かる.施工したばかりのゲートも破壊されている.かつて汀線は500mほど沖にあった.海岸侵食は全国的な問題になっている.

 

写真2-8.青森県三沢市の海岸林にて津波被災状況の調査(2011年8月15日).三陸沿岸地域には近隣の道県から調査の応援に入った.

 

 

3.いわての漆産業の発展に資する生漆生産技術の高度化

 

岩手県は全国の生漆生産量の約7割を占めます(写真3-1)。しかしながら,生漆の供給量は需要を満たすには程遠い状況です。森林科学科では数名の教員が研究グループをつくって生漆生産技術の高度化のための研究を実施しています(2020年度~2021年度)。造林学研究室では,以下のように種子生産と林分成長モデルを担当しています。

 

①ウルシの種子生産に対するセイヨウミツバチの貢献(岩手県二戸市):岩手県二戸市の浄法寺ではウルシ蜜を採っています。最近,国宝や重要文化財の修復に国産漆を使うことになったものの,生漆の自給率は国内需要の5%も満たせません。そのためウルシ林の造成が急務になっています。ウルシ種子には「しいな(中身が空っぽ・胚乳が委縮した種子)」が多いことが知られています。そのため,折戸養蜂園(二戸市;写真3-2)の協力の下,蜂場とウルシ林までの距離がウルシ種子のしいな率に及ぼす影響を調査しました。鈴木千裕さん(令和元年度卒)と新家光稀さん(令和2年度卒)の卒業研究になります。写真3-3はミツバチ以外の訪花昆虫です。2019年~2021年の3ヵ年の調査で,蜂場からの距離が遠くなるほどしいな率が高くなる傾向があることを定量的に示すことができました。念のため断っておきますが,ウルシ蜜を食べてもかぶれません。

蜂場 とは蜂箱を置く場所のこと。

 

②ウルシ林の林分成長モデルの構築(岩手県二戸市・一戸町):ウルシは農業でもなければ林業でもなく,ウルシ林の造成・管理方法については経験論的な技術に依存しているのが現状です。現在,ウルシ資源は「植栽本数」で管理されています。しかし,ウルシからの生漆採取量は幹の太さに大きく依存しますし,細い木からは採取されません。加えて,人工林の木々は成長途中で枯死するものがあります。そのため,ウルシ資源管理にむけた成長予測モデルの構築が必要になります。ところがウルシ林はおおよそ15~16年生で「殺し掻き」されることが多いため,最多密度に達することがなく,カラマツ林やスギ林などで使われる林分密度管理図を作ることが出来ません。何にしても林分密度管理図は木の平均サイズを予測するもので,太さのバラつきは予測できません。それにウルシ林は間伐をすることもありません。そこで,最多密度線に拠らず,木の太さ別の出現数を予測できる収量密度理論に基づく林分成長モデルの構築について,中村大さん(令和2年度卒)と会田裕雅さん(令和4年度卒)に取り組んでもらいました(写真3-4)。

 

写真3-1.盛夏の漆掻き(2020年7月31日).

 

写真3-2.二戸市浄法寺町を拠点にして漆蜜を採る折戸養蜂場(2020年6月8日).ニセアカシアの花が終わる頃にウルシが咲き,ウルシの花が終わる頃に栗が咲き始める.ウルシの花が咲く時期は周囲に甘い香りが漂う.

 

写真3-3.ウルシの訪花昆虫相の調査中にみつけたハナムグリ(2020年6月15日).雌雄異株のウルシにはジェネラリストのポリネーターがよく来るが,セイヨウミツバチほどの受粉効果は期待できない.

 

写真3-4.二戸市浄法寺町にある「ふるさと文化財の森」にて林分調査(2020年4月30日).

 

 

4.ヒバ天然林施業

 

青森ヒバは日本を代表する美林の一つに数えられ,持続的利用を可能にしているのが択伐です。下北半島の奥薬研温泉付近にある下北森林管理署管轄の「大畑ヒバ施業実験林」は,1931年に青森営林局(当時)の技師松川恭佐によって設定されました。面積が約220haある試験地は20小班に分かれ,毎年2小班ずつ択伐が行われています.また,試験地内には無施業区を初め,いくつかの標準林が設定されています。今から90年も昔にこのような大規模な試験地を設定した松川氏の先見の明に驚くばかりです。

 

・大畑ヒバ施業試験地(青森県むつ市):大畑ヒバ施業実験林内に,岩手大学の比屋根哲さんと杉田久志さんが1989年に設定した試験地で,無施業区(写真4-1)と施業区(写真4-2)からなります。以後,森林総研東北支所の研究者が当試験地で研究を続行しており,当研究室では共同研究というかたちで関わらせて頂いています。当研究室に2019年にドイツ・Rottenburg大から短期留学生としてLeonie Műnzerさんを迎え,ヒバ林の施業方法について,シュバルトバルトにおけるplenterwalt(プレンターヴァルト;写真4-3)と呼ばれる天然林施業法との比較研究を行いました。択伐を行わないヒバ林は,林内が暗いために次世代の稚樹が更新することができません。択伐を行うことでヒバの持続的な収穫が可能になります(写真4-4)。写真4-5は無施業区に出現したミズナラの巨木です。

【関連論文等】

  1. Műnzer L, Masaka K, Takisawa Y, Hein S, End C, Sugita H, Hoshino D (2023) Analysis of Selection-Cutting Silviculture with Thujopsis dolabrata—A Case Study from Japan Compared to German Plenter Forests. Forests 14(8): 1556-1556

 

写真4-1.施業区(大畑).次世代を担う前生樹がたくさん生育しているのが分かる(2019年6月13日).

 

写真4-2.無施業区(大畑).前生樹はほとんどなく,林内は見通しが良い(2019年6月13日).

 

写真4-3.シュバルトバルトのトウヒ林内における択伐後の天然更新.Summer School 2018にて(2018年9月21日).

 

写真4-4.施業試験地における冬季伐採の様子(2021年2月19日).

 

写真4-5.無施業区に出現したミズナラの巨木(2019年6月13日).

 

 

5.三陸ツバキの生態と植栽技術の改善

 

三陸沿岸には北限ともいえるヤブツバキが分布しており,大船渡市などの市の花にも指定されています(写真5-1)。311の津波被害を受けて更地化した土地などをヤブツバキで彩ろうと,2020年より『レッドカーペット・プロジェクト』が設立されて植樹活動が行われてきましたが,残念ながら成長が思わしくない植栽地もあります(写真5-2)。ところが,ヤブツバキの植栽方法については体系的な技術があるわけではないようで,当プロジェクトに携わる人たちは試行錯誤をしている状況です。造林学研究室では,相川ゆきえさんの卒業研究(令和5年度)として,株式会社バンザイファクトリー,レッドカーペット・プロジェクト,大船渡市の協力の下で,ヤブツバキ植栽苗の不成績要因の解明と改善技術に係る研究に取り組んでいます。

 

写真5-1.12月に咲くヤブツバキ.この時期の三陸でのポリネーターは何でしょう?

 

写真5-2.ヤブツバキの不成績植栽地.

 

写真5-3.暗い林床(rPPFD < 1%)で芽生えたヤブツバキの苗.

 

6.「森-ミツバチ-食のつながり」の実証

 

養蜂家が飼養するセイヨウミツバチ(以下,ミツバチ)が,イチゴやメロンをはじめとする果樹野菜の花粉交配に使われることは良く知られていますが,ミツバチはどうやって群を維持しているのでしょうか。養蜂家のあいだでは西日本は里の蜜源,東日本は山の蜜源といわれるように,東北・北海道では森林が重要な蜜源となっています。つまり,森がミツバチを養い,森によって養われたミツバチが私たちの食を支えているといえます。いわゆる森林による生態系サービスの一つです。私たちの食生活を豊かにするミツバチのために,どのように森林を管理すべきか研究をしています。

 

①蜂蜜の里の森づくり(北海道乙部町):乙部町では2010年から蜂蜜の里の森づくりを行っています(写真6-1)。この造成地では最近,2010年に植栽したキハダ(シコロ)が花を着けるようになりました(写真6-2)。ミカン科であるキハダの果実はアイヌの人々が香辛料として利用してきました。遠くない将来,乙部のキハダ林はキハダ蜜だけでなく,黄檗や染料,スパイスの原料供給地として利用されることになるでしょう。

 

②蜂蜜生産量の年変動パターン:日本でも有数の蜜源地帯である北海道には,主要7蜜源植物としてニセアカシア,シナノキ,キハダ,トチノキ,クローバー,アザミ,ソバがあります(写真6-3)。これらのうち樹木蜜源および森林植生の一つであるアザミ(コバナアザミ)からの蜂蜜生産量は全体の70%以上になります。いっぱんに樹木の開花結実には豊凶現象と呼ばれる年次変動があります。蜂蜜生産量にはこの豊凶現象が大きく関わりますし,また開花期に雨が多いと,豊作年であっても蜂蜜は採れなくなります。さらに蜂蜜の需要の社会的変化などが加わるため,毎年の蜂蜜生産量は複雑に変動します。こうした変動について,養蜂家への聞き取り調査を交えながら分析を進めています。

【関連論文等】

  1. Masaka K. (2023) Yearly fluctuations in honey production in Hokkaido, northern Japan, with special reference to weather conditions and masting behavior. International Journal on Food, Agriculture, and Natural Resources 4(3): 62-68
  2. 真坂一彦 (2016) 養蜂業における北海道の森林蜜源の利用実態と将来展望.農業および園芸91(5): 518-533.
  3. 真坂一彦・佐藤孝弘・棚橋生子 (2013) 養蜂業による樹木蜜源の利用実態-北海道における多様性と地域性-.日本森林学会誌95:15-22.

 

写真6-1.乙部町における「はちみつの里の森」づくり(2010年9月26日).当初は魚付きの森づくりだったが,植栽樹種を蜜源樹種にするとさらに養蜂業や農業に貢献するということに気付いた.

 

写真6-2.「はちみつの里の森」において2010年に植栽したキハダが花を着けはじめる(2019年6月19日).写真は雌株上に咲いた雌花.キハダの花はこんなに地味ではあるが,北海道では主要7蜜源植物の一つに数えられる.

 

 

7.樹木の多様な性表現の統一的な理解

高等植物の性表現は多様です。たとえば,両性花は一つの花のなかに雌機能と雄機能が混在しています。また,一つの個体のなかに雄花と雌花をもつ雌雄異花同株や,一つの種の中に雄個体と雌個体がみられる雌雄異株,雌個体と両性個体がみられる雌性両全性異株,そして雄個体と両性個体がみられる雄性両全性異株などがあります。しかも,それぞれのあいだで移行的なものもあります。近縁種で性表現が異なる場合もあります。生物は子孫をつくるために様々な工夫を凝らしていますが,植物における性の配分は,直接種子数にかかわるため最も重要ではないかと思います。なかでも雌雄異株は,雌機能と雄機能が個体で分かれていることから自家受粉による近交弱勢を避けるための戦略として説明されてきました。近交弱勢が強く働くと子孫を残しにくくなります。しかし,そんなに素晴らしい戦略のはずなのに,それではなぜ世の中は雌雄異株の植物だらけにならないのでしょうか?たとえば水媒花をもつ水生植物の多くが雌雄異株です。また陸上の雌雄異株には風媒花を持つものが少なくありません。水と風という流体は,花粉の輸送効率としてはきわめて信頼性が低い媒体と考えられます。たとえ動物媒だったとしても,ハナアブやハエ,蝶,蛾などに依存しているものがほとんどで,これらは鳥やコウモリ,ハナバチなどの「賢い」ポリネーターと比較して信頼性が低いポリネーターです。私たちの研究では,雄機能から雌機能への花粉の輸送効率を切り口に,n人ゲームモデルという数理モデルを用いて解析しました。その結果,花粉の輸送効率が低いほど雌雄異株になるという解が得られました。そのため,雌雄異株という性表現は,花粉の輸送効率の低さを補うための物量作戦と私たちは考えています。物量作戦という視点に立てば,なぜ雌雄異株は熱帯降雨林や半乾燥地や高標高域など厳しい環境,大洋島,そして多年生植物に多く観察されるのか矛盾なく説明できます(と私たちは考えている)。たとえば熱帯降雨林は植物種多様性が高いため,同種の個体が近くにありません。そのような環境において信頼が低いポリネーターに依存するのであれば,一個体が雄花ばかり着ける物量作戦を選択する必要があるでしょう。また厳しい生育環境では,たとえ「賢い」ポリネーターがいても彼らの活動は鈍くなるため花粉の輸送効率は低下すると考えられます。大洋島の場合は昆虫相に特徴があり,「賢い」ポリネーターが欠如する傾向があります(’island syndrome’とも呼ばれています)。そして多年生植物の場合,逆に一年生植物(=一年生草本)について考えてみると,一年生草本は一回繁殖型ですし,作れる雄花の数は樹木に比べて少ないですから,花粉の輸送効率が低い媒体に頼ると雄個体の繁殖が成功しないリスクが高まると考えられます。実際,雌雄異株の一年生草本種はわずかしかありません。私たちのモデルから得られた解は雌雄異株だけではありません。雌雄異株と両性個体の移行帯には三性異株(個体群内に雌個体,雄個体,両性個体が出現;論文中では広義に雌雄異花同株も含むとしている)と雌性両全性異株も解として得られました。とくに雌性両全性異株では,花粉の輸送効率が悪くなるほど両性個体の雄度が高くなる傾向が認められました。この傾向は実際の野生植物でも報告があります(説明の仕方は全く異なりますが)。以上のように,私たちのモデルは,植物の性表現の在り様が花粉の輸送効率を強く反映していることを示唆しています。余談ですが,私たちのモデルでは近交弱勢は考慮していません。つまり近交弱勢を考慮しなくても雌雄異株や雌性両全性異株などが解として得られたということです。

余談のついでですが,この研究はカンバ類における種子生産の豊凶予測に関する研究から派生したものです。なぜ豊凶現象と性比配分が関連するのか,興味のある方は直接問い合わせてみて下さい。

【関連論文等】

  1. Masaka K and Takada T (2023) Transition model for the hermaphroditism–dioecy continuum in higher plants. Ecological Modelling 475: 110135-110135.
  2. Masaka K (2007) Floral sex allocation at individual and branch levels in Betula platyphylla var. japonica, a wind-pollinated monoecious tall tree species. American Journal of Botany 94: 1450-1458.
  3. Masaka K and Takada T (2006) Floral sex ratio strategy in wind-pollinated monoecious species subject to wind-pollination efficiency and competitive sharing among male flowers as a game. Journal of Theoretical Biology 240: 114-125.

 

 

8.平庭高原における白樺林の再生

 

北上山地は古くから焼き畑や採草地,放牧地として利用されてきましたが,それが戦後に放棄され,白樺林が成立しているところも少なくありません。平庭高原には放棄地にできた約370haの白樺林が広がり,貴重な景観資源として地域の人々に愛されています。しかし樹齢も80年を迎え,白樺の寿命に近づきつつあります。白樺は攪乱跡地に更新する先駆樹種の一つです。本来であれば先駆種はより耐陰性が高いミズナラやブナに置き換わってゆくはずです。白樺林を再生するためには,火入れやかき起こしなどの強度の人為的攪乱が必要になります。どのように再生を図るか,2021年より森林総研東北支所と岩手県立大との共同研究を始めました。私たちの研究室では,小野文香さんの卒業研究(令和5年度)として,北海道立総合研究機構林業試験場の研究者らと音波による共振を利用した樹幹腐朽診断装置を使ってシラカンバ林の健全性を調査しました。その成果を第28回東北森林科学会大会(青森市)でポスター発表したところ,学生優秀発表賞を受賞しました。

 

写真8-1.道総研林試の元同僚らとシラカンバの樹幹腐朽診断(2021年10月~11月).

 

 

9.早池峰山アイオン沢の南限アカエゾマツ林の動態の解明

 

早池峰山北斜面にあるアイオン沢中州には,北海道以外では自生南限地として唯一のアカエゾマツ林が隔離分布しています。このアイオン沢という名は,1948年のアイオン台風によって大規模な土石流が発生して下流に甚大な被害を与えたことに由来します。ここのアカエゾマツは1960年に発見されました。アカエゾマツは最終氷期には本州まで分布していたと考えられています。ここにアカエゾマツ林が生き残っているのは,おそらくは他樹種に置き換わる前に大規模な土石流が起きることでリセットされることに加えて,アカエゾマツが更新しやすい岩礫地が形成されるためではないかと考えられています。なお,自生南限地にはアカエゾマツのほか,コメツガ,キタゴヨウ,ヒバの4種の針葉樹が混交しています。2021年,ここに調査地を設定した杉田久志さん,森林総研東北支所との共同研究で調査を実施しました。浅瀬石育吹さんの卒業研究になります(令和3年度)。約20年間の動態データを分析した結果,攪乱後~約370年という時間的スケールのなかで,キタゴヨウ,アカエゾマツ,コメツガ,ヒバの順で相対優占度が高くなるような遷移の傾向があるらしいことが推測することが出来ました。

 

写真9-1.調査地までの林道沿いにある巨岩(2020年9月2日).おそらくはアイオン台風のときに流されてきたのだろう.

 

写真9-2.巨石が転がるアカエゾマツ自生地林内での調査(2021年9月13日).

 

 

10.飛砂害史の考証

 

クロマツ海岸林の多くが飛砂防備を主目的として造成されてきましたが,飛砂害をもたらした砂丘荒廃地の出現要因は地域によってさまざまなようです。飛砂害に苦しんだ当時の人々の生活も断片的には語り継がれていますが,県史,あるいは市町村史ではなかなか取り上げられていないのが現状です。飛砂害は,四方を海に囲まれ資源が乏しい日本だからこそ発生した災害だと思います。飛砂害の記憶が失われる前に記録し,後世に継承してゆく必要があると思います。これまでの研究成果は以下の通りです。

 

①北海道江差町柳崎:砂坂海岸林(正確には国有林地を砂坂海岸林,民有林地を柳崎海岸林と呼ぶ;写真10-1)が造成された砂丘荒廃地の出現は,鰊〆粕製造にともなう海岸林の濫伐が原因と説明されてきました。ところが,幕末から明治にかけての歴史を紐解いてみると,どうやら馬の過放牧が原因だったと考えるのが妥当であることが分かりました。もともと幕末に柳崎では百頭弱の農耕馬が飼われ,海浜草地が放牧地として利用されていました。この時点ですでに過放牧状態だったようです。箱館戦争が起こると,松前藩による館城築城のための総動員令により厚沢部川河口域が資材集積地になりました。その際,松前藩が農家に貸与していた農耕馬数百頭が資材運搬用として藩内から集められたのです。飛砂害は箱館戦争直後から発生しています。戦争が海浜の荒廃に追い打ちをかけたといえるでしょう。

【関連論文等】

  1. 真坂一彦・三上千代蔵 (2017) 北海道江差町の厚沢部川河口域における飛砂害史.日本森林学会誌99: 61-69

 

②秋田県由利海岸:この地域には太平洋戦争後しばらく砂丘地が広がっており,その原因として,「海岸砂防の父」と称えられる富樫兼次郎は太平洋戦争前後の濫伐を指摘しています。しかし,西目町(現 由利本荘市)の歴史を考証してみると,この地では室町時代から製塩業が盛んで,吉田松陰や橘南渓らの日誌などから江戸時代後期にはすでに砂丘荒廃地が広がっていたことが分かりました。聞き取り調査では,太平洋戦争中および戦後における日常の煮炊きや製塩のための燃料は,浜辺に打ちあがった流木で十分間に合ったとのことです。由利海岸では現在でも冬のあいだに多量の砂が堆積するところがあります(写真9-2).

【関連論文等】

  1. 真坂一彦・池田正治 (2019) 秋田県由利地方の砂丘荒廃地における西目浜集落の歴史―とくに製塩に焦点をあてて―.海岸林学会誌18(1): 1-6.

 

写真10-1.厚沢部川左岸からみる河口域(2015年5月26日).手前に延びる水溜まりは旧河口に続くはずの河道.海浜草原の向こう側にある新河口が塞がると旧河道(水溜まりの先端から左下方に延びる砂地)が復活するはず.写真下部に写り込む防風柵は海岸林造成地.ここも古い時代に放牧によって荒廃したようである.

 

写真10-2.冬季間に堆積した砂を車道部分だけ海側に除けた本荘マリーナの駐車場(2021年3月20日).いまでも毎年膨大な量の砂が吹き寄せる.

 

11.その他

 

①ゴマダラカミキリによる白樺防風林の衰退(北海道空知地方):北海道の空知地方には,強風から作物を守るために防風林が造成されてきました。ところが最近,シラカンバでつくられた防風林がゴマダラカミキリ(写真11-1)による穿孔被害を受け,あちこちで衰退していることが分かりました(写真11-2)。写真11-3は,ゴマダラカミキリの幼虫による穿孔の様子です(スケールは15cm)。ゴマダラカミキリ類は最悪の森林性害虫で,とくに中国産の種は中国国内において広大なポプラ林を衰退させ,さらには欧米に侵入して柑橘類やオリーブなどを中心に甚大な被害を与えています。日本産の種も,むかしから柑橘類やナシなどのバラ科樹木,イチジクなどへの重大な農業害虫として知られ,またカエデ類やハンノキ類にも穿孔するため,最近EUでは盆栽の輸入を制限しました。白樺林への被害は過去に道南で発生しましたが,集団枯死が発生するほどではありませんでした。被害が拡大するのか今後の推移を注意深く見守らなくてはならないのと同時に,防風林の樹種転換も図る必要があります。

【関連論文等】

  1. Masaka K, Wakita Y, Iwasaki K, Hayamizu M (2022) Degradation of white birch shelterbelts by the attack of white-spotted longicorn beetles in central Hokkaido, northern Japan. Forests 13(1): 34-34.
  2. 真坂一彦 (2017) 空知南部におけるゴマダラカミキリによるシラカンバ防風・防雪林の衰退.北方林業68(2): 67-70.

 

②外来種ニセアカシア:外来種ニセアカシアは,その旺盛な繁殖力から在来植物を駆逐すると言われてきました。一方で,ニセアカシアは養蜂業にとっての重要な蜜源であり(写真11-4),養蜂業のミツバチが果樹野菜の花粉交配に使われている(写真11-5)ともいわれていました。しかしながら,あまりに情報がないため調査をしたところ,明らかになったことは次の3点です。1)在来植物を駆逐するという主張にほとんど科学的根拠がなく,林内には希少種・絶滅危惧種をはじめ多様な在来植物が生育している。2)イチゴやリンゴ,サクランボなどの花粉交配の後(5月以降)に蜂群の建勢を図るためには,ニセアカシア以上に貢献する蜜源植物はない。3)ニセアカシアが天然分布している場所はほとんどが人によって改変された土地であり,また陽樹である以上,在来の森林構成種を押し退けて分布を広げることはない。

私たち人類文明を支えているのはミツバチだ,と極言されることがあります。外来種は,ややもすると排斥思想の矛先が向けられます。排斥思想の下では健全な科学が存在しないことは歴史が証明しています。外来種全てが甚大な被害をもたらすわけではなく,有用なものが数多くあります。一方でシカやイノシシ,サル,クマのように在来種でも社会問題になる種がいます。管理をするにしても人的・予算的資源は限られます。必要なのは人間社会とのかかわりを理解したうえで優先順位を決め,対処法を検討することであり,いたずらに危機感や不安感を煽る行為ではありません。

【関連論文等】

  1. Masaka K, Torita H, Kon H, Fukuchi M (2015) Seasonality of sprouting in the exotic tree Robinia pseudoacacia L. in Hokkaido, northern Japan. Journal of Forest Research 20: 386-395.
  2. 真坂一彦 (2015) 蜜源としてのニセアカシア―日本の食糧自給に貢献する樹種―. 光珠内季報174: 1-4.
  3. Masaka K, Yamada K, Sato H, Torita H, Kon H (2013) Understory plant richness and native tree invasion in exotic Robinia pseudoacacia stands in Hokkaido, Japan. Forest Science 59: 589-598
  4. 真坂一彦 (2013) 外来種ニセアカシアを取りまく言説とその科学的根拠. 日本森林学会誌95: 331-340
  5. Masaka K, Yamada K, Koyama Y, Kon H, Sato H and Torita H (2010) Changes in size of soil seed bank in Robinia pseudoacacia L. (Leguminosae), an exotic tall tree species in Japan: Impacts of stand growth and apicultural utilization. Forest Ecology and Management 260:780-786
  6. 佐藤孝弘・真坂一彦・山田健四・佐藤弘和 (2010) ニセアカシア・養蜂業・農業のつながりについて考える(2)―花粉交配・ニセアカシアに関する農業関係機関への聞き取り―. 北方林業62: 289-292.
  7. 佐藤孝弘・真坂一彦・山田健四・佐藤弘和 (2010) ニセアカシア・養蜂業・農業のつながりについて考える(1)―ニセアカシア外来種問題への養蜂業者の意向―. 北方林業62: 253-257.
  8. Masaka K and Yamada K (2009) Variation in germination character of Robinia pseudoacacia L. (Leguminosae) seeds at individual tree level. Journal of Forest Research 14: 167-177.
  9. 山田健四・真坂一彦 (2007) 北海道の旧産炭地における侵略的外来種ニセアカシアの分布現況とその歴史的背景. 保全生態学研究12: 94-102

 

③造成困難地:せっかく植えた木が育たたないで枯れてしまう,ということがあります。特に,私たちの生活環境を守る,いわゆる環境林の造成地でそのような問題が発生しやすいようです(写真11-6)。物言わぬ苗木を眺めても,なかなか答えは見つかりません。いつ,どのような条件で,どのように衰弱し,枯れたのか。現状を観察することで妥当な作業仮説を提示し,そしてそれを実証するための比較や実験を行わなくてはなりません。答えを得るのに,何年もかかる場合があります。不成績原因を解明することは,同じ轍を踏まないための一助となります。

※ここで使う環境林とは,海岸林,防風林,防雪林などを指す。

【関連論文等】

  1. 棚橋生子・真坂一彦・佐藤弘和・福地 稔・佐藤孝弘 (2019) 多雪地域の重粘土地におけるコバノヤマハンノキ植栽木の成長に及ぼす植栽基盤整備の効果.日本森林学会誌101(5): 227-234.
  2. 真坂一彦・山田健四・佐藤弘和 (2005) アカエゾマツの葉サイズに対する微地形の影響―長寿命の葉を利用した過湿環境の評価―. 日本森林学会誌87: 225-232.
  3. 佐藤弘和・真坂一彦・山田健四 (2005) 農地周縁の緩衝林として植栽されたアカエゾマツの成長に影響を及ぼす立地要因. 日本森林学会誌87: 202-207.
  4. 矢島 崇・菊池俊一・内海洋太・真坂一彦・熊谷雄介 (1995) 樹冠組成と下層植生からみた恵庭岳滑降競技場跡地の植生回復. 森林科学14: 50-57.

 

④炭焼沢試験地(御明神演習林):2019年に炭焼沢試験地を再調査しました(写真11-7)。この試験地は,スギ不成績造林地に天然更新したウダイカンバの育成方法を探るために故安藤貴さんが1989年に設定したもので,その後,森林総研の杉田久志さんと星野大介さんが引き継ぎました。2019年の調査は設定から30年目にあたり,千田夕菜さん(令和元年度卒)の卒業研究として実施しました。ウダイカンバの樹高成長と肥大成長の配分比の時系列から,多数のスギと混交したウダイカンバは肥大成長が著しく抑制されていることが分かりました。

 

⑤スギ-ヒバ複層林試験地(御明神演習林):この試験地は,ヒバ人工林の省力的な造成を行うために故安藤貴さんが1989年にスギ人工林内にヒバを植栽したものです。2011年に橋本良二さんらがヒバ下層木上で光環境を測定し,ヒバのサイズや生理学的特性を調査しています。2021年冬,上木のスギを一部収穫するのに合わせて,再度,ヒバ植栽木上で光環境を測定しました(写真11-8)。上木の伐採によって,ヒバ下層木上の光環境がどのように変化するのか,そして成長がどのように改善されるのか評価する予定です。

 

⑥山火事後の森林再生:日本は湿潤気候とはいえ,毎年,山火事が発生しています(写真11-9)。とはいえ,焚火からの飛び火など人為的な理由がほとんどです。たとえば火の熱を感知して種子が発芽するとか,地際からの旺盛な萌芽によって樹体が再生するとか,世界を見渡せば山火事に適応した植生がみられます。しかし日本の植生はおそらく山火事に適応したものではないので,似たような更新方法が観察されたとしても,それは山火事への適応的形質とはいえないでしょう。島国日本では,森林は人間活動と密接にかかわって存在します。森林を管理するうえで,山火事による森林への影響を理解する必要があります。

【関連論文等】

  1. 真坂一彦・山田健四・大野泰之 (2006) 1998年に西興部で発生した山火事後の森林の再生動態. 北海道林業試験場研究報告43: 36-47.
  2. Masaka K, Ohno Y and Yamada K (2004) Recovery of canopy trees and root collar sprout growth in response to change in the condition of the parent tree after a fire in a cool-temperate forest. Journal of Forest Research 9: 271-275.
  3. Masaka K, Ohno Y and Yamada K (2000) Fire tolerance and the fire-related sprouting characteristics of two cool-temperate broad-leaved tree species. Annals of Botany 85: 137-142.

 

写真11-1.白樺の枝を齧るゴマダラカミキリ成虫(2015年10月1日).

 

写真11-2.ゴマダラカミキリの穿孔被害を受けた白樺林(2015年8月17日).根元付近の幹には多数の成虫脱出孔が認められる.

 

写真11-3.ゴマダラカミキリの穿孔被害を受けた白樺樹幹の断面(2016年12月5日).写真では除けているが,黒いトンネル内には黒く腐朽した木屑や脱皮殻などが詰まっていた.トンネルから掌状に腐朽が進んでいるのが分かる.

 

写真11-4.ニセアカシアを訪花するセイヨウミツバチ(2011年6月21日).

 

写真11-5.岩見沢にあるイチゴハウスで受粉作業中のセイヨウミツバチ(2013年3月11日).外は雪がまだ厚く積もる.冬にイチゴを食べられるのは養蜂家のミツバチのおかげである.

 

写真11-6.産廃処理場の緑化では盛土が崩れないように土を堅く転圧する(2012年5月14日).当然,樹木の成長には良くない.写真の針葉樹は冬季間に枯れてしまった.このような盛土上に加え,鉱山跡地や重粘土地のような場所に植栽可能なのはハンノキ類やイヌエンジュなど根粒菌と共生する樹種くらいだろう.

 

写真11-7.炭焼沢試験地の林内の様子(2019年10月2日).針広混交林に誘導した人工林を30年にわたって継続調査した事例はおそらく他にはないと思われる.そろそろ手を入れた方が良い時期に来ているようだ.

 

写真11-8.スギ-ヒバ複層林における上木のスギ伐採後の林内の様子(2021年3月11日).伐採作業に手練れているためヒバ下層木の損傷はほとんどない.

 

写真11-9.岩手県宮古市で発生した山火事後の様子(2018年5月28日).スギ林周辺に広がるアカマツ林も被災していたが,マツ類は厚い樹皮によって火の影響を免れたとしても,いずれツチクラゲの発生によって枯死してしまう。

 

 

2020年3月9日 更新

2021年4月19日更新

※マイナーチェンジは更新に含めません。